梶原治太郎(読み)カジワラ ジタロウ

20世紀日本人名事典 「梶原治太郎」の解説

梶原 治太郎
カジワラ ジタロウ

明治〜昭和期の園芸家



生年
明治3年1月9日(1870年)

没年
昭和34(1959)年9月6日

出身地
佐賀県東多久村(多久市)

経歴
明治34年郷里・佐賀県東多久村(多久市)の山林1ヘクタールを開墾して果樹栽培に従事兵庫長崎からビワの新品種を取り寄せ、品種改良を進めてビワ栽培を定着させた。販路拡張にも努めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「梶原治太郎」の解説

梶原治太郎 かじわら-じたろう

1870-1959 明治-昭和時代の園芸家。
明治3年1月9日生まれ。34年郷里佐賀県東多久村(多久市)の山林1haを開墾して果樹栽培に従事。兵庫,長崎からビワの新品種をとりよせ,品種改良をすすめてビワ栽培を定着させ,販路拡張にもつとめた。昭和34年9月6日死去。89歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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