棟原(読み)ふなばる

日本歴史地名大系 「棟原」の解説

棟原
ふなばる

[現在地名]鷹島町三里免

中世よりみえる鷹島の地名で、三里免江里さんりめんえりの棟原に比定されている。元寇の激戦地跡と伝える。永仁四年(一二九六)八月日の黒尾社大宮司藤原資門申状(武雄神社文書)に「鷹島棟原」と記されている。暴風で壊滅状態となったモンゴル軍に対して、日本側は同年閏七月初旬に掃討戦を始めるが、資門は崎沖の海上戦でモンゴル船に乗移り、疵を負いながらも生虜一人を捕らえている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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