楊生郷(読み)やぎゆうごう

日本歴史地名大系 「楊生郷」の解説

楊生郷
やぎゆうごう

和名抄」高山寺本に「也支布」、刊本に「也木布」と訓ずる。「大和志」は「方廃大柳生小柳生二村存」とし現奈良市大柳生おおやぎゆう町・柳生町付近に比定。長保二年(一〇〇〇)の東大寺白米納所収納帳(久原文庫文書)に「添上郡楊生郷」がみえるが、添上郡内にはほかにも楊生・柳生の地があり、延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳の添上郡内にみえる楊生庄は現大和郡山市横田よこた町付近に比定されるので(大和郡山市の→楊生庄、楊生郷もそれに従うものと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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