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榎津(福岡) えのきづ

世界大百科事典内の榎津(福岡)の言及

【筑後川】より

…初期の水運は流域農村と城下との間の小規模なものであったと思われる。水運が盛んになるのは1646年(正保3)に久留米藩が年貢米の大坂輸送のために,城下入口の瀬下(せのした),および河口の榎津(えのきづ)(現,大川市)に河岸を開いてからである。流域には関(幕府領),荒瀬,恵利,住吉(以上久留米領)などの河岸ができた。…

※「榎津(福岡)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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