榎谷村(読み)えのきだにむら

日本歴史地名大系 「榎谷村」の解説

榎谷村
えのきだにむら

[現在地名]相生町榎谷

平野(ひらの)村の北方山間にある。文明一八年(一四八六)九月三日付の五仏入瑞阜之事跡(永源寺文書)によると、奈良興福寺の僧周厳は「四州阿波之長(なか)山榎木谷(えのきたに)人」で、自らが彫刻した春日大明神本地の五仏像を永源(えいげん)寺(現滋賀県永源寺町)に安置している。寛永(一六二四―四四)前期のものと推定される国絵図に村名がみえるが、正保国絵図、寛文四年(一六六四)の郷村高辻帳、天保郷帳には記載がない。文化九年(一八一二)の郡村仮名附帳(鷲敷町史)には、当村は仁宇(にう)村(現鷲敷町)の枝郷として書上げられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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