檜前郷(読み)ひのくまごう

日本歴史地名大系 「檜前郷」の解説

檜前郷
ひのくまごう

和名抄」高山寺本に「比乃久万」、刊本に「比乃久末」と訓ずる。「大和志」は「方廃村存」として現高市郡明日香村大字檜前に比定。「日本書紀」雄略天皇一四年三月条に「巨連に命せて呉の使を迎ふ。即ち呉人を檜隈野に安置らしむ。因りて呉原と名く」とある呉原くれはらは大字檜前東南の大字栗原くりはらと考えられる。同書欽明天皇七年七月条に「川原民直宮は檜隈邑の人なり」とあり、また「続日本紀」宝亀三年(七七二)四月二〇日条に「以檜前忌寸任大和国高市郡司、元由者、先祖阿智使主軽嶋豊明宮馭宇(応神)天皇御世率十七県人夫帰化、詔賜高市郡檜前村而居焉、凡高市郡内者檜前忌寸及十七県人夫満地而居、他姓者十而一二焉」とみえ、檜前氏の本居であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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