檜前村(読み)ひのくまむら

日本歴史地名大系 「檜前村」の解説

檜前村
ひのくまむら

[現在地名]明日香村大字檜前

高取山から西北へ延びる丘陵と、真弓(まゆみ)丘陵に挟まれた小盆地に位置し、東部を檜隈(ひのくま)川、西部を高取川が北流する。渡来人の居住により早くから開けた地で、「和名抄」高市郡檜前郷にあたり、古くから檜隈・檜前・檜などと表記された(→檜前郷)。

慶長郷帳には「ひの熊村」と記し、元和郷帳には「たん田村」とみえる。嘉応元年(一一六九)一二月の権都維那実勝田地売券案(東大寺文書)に「高市郡南郷檜前条四里廿五坪」の四至に「限西下津道」とあり、下(しも)ツ道が延長して当村を通っている。

文禄検地の村高は三三二石。近世を通じて高取藩領。寛永一六年(一六三九)村高のうち一四五・九石を割き、大根田(おねだ)村が独立したため、村高は一八六・五八石となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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