正源寺遺跡(読み)しようげんじいせき

日本歴史地名大系 「正源寺遺跡」の解説

正源寺遺跡
しようげんじいせき

[現在地名]五個荘町金堂 武功臣・森尻・内田・正源寺

金堂こんどう地区の北方水田中、標高一〇四メートルの微高地にある。古墳時代後期と奈良時代の二時期の集落跡。昭和五七年(一九八二)に遺跡西端部の調査が実施され、調査区南半から古墳時代後期の竪穴住居跡六棟と方形周溝状遺構一基を検出。竪穴住居跡の一棟から多量の木器が発見され、このうちには農具として狭鍬・又鍬・ナスビ形着柄鋤、工具では機織関係の布巻具・経巻具・・椅子・槌子および斧の柄、容器の盤槽類が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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