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農具 のうぐ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

農具
のうぐ

農作業に用いられる道具の総称で,主として人畜力によって使用され,手足の延長として利用されるもの。おおよそ次のように大別できる。 (1) 整地用具 掘棒,馬鍬,,備中鍬,田下駄

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デジタル大辞泉の解説

のう‐ぐ【農具】

農作業に使用する器具。鍬(くわ)・鋤(すき)・犂(すき)・鎌(かま)など。

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百科事典マイペディアの解説

農具【のうぐ】

農作業に使用される器具。新石器時代,農耕の発生とともに石製,木製の掘棒,鍬(くわ),鎌などの農具が現れた。日本では弥生(やよい)時代に原始的な農具が登場,鉄製農具は古墳時代になって使われ始めた。
→関連項目

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世界大百科事典 第2版の解説

のうぐ【農具】

農業技術の体系は,整地を通じて作物栽培にとり好適な条件を耕地内に実現し,作物の生育過程に応じて作物体,耕地を適切に管理することによって収穫を得,さらに収穫物を食用に供するための調製加工を行う一連の行為としてとらえることができる。時間的連鎖をもって展開するこの一連の行為が農作業であり,農具とは農作業に使用される畜力や人力用の用具である。しかし農具とそれ以外の用具とは明確に区別されるわけではない。とくに農作業が耕地外での諸作業との関連を強めるにつれて,その区別はより困難となる。

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大辞林 第三版の解説

のうぐ【農具】

農作業に使用する器具。農機具。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

農具
のうぐ

農作業に用いる構造の簡単な道具のことをいう。作物の栽培や農産物の加工、養畜、養蚕など広範に使われる。農具は、農業の始まりとともに手先にかわるものとして、1本の棒の使用から、やがて曲がり木を利用するようになるなど自然発生的に始まったものと考えられており、鋤(すき)、鍬(くわ)、犂(すき)(プラウ)の刃先は木製から石製へ、石製から鉄製へと進化したとされている。しかし、その発達の仕方は、それぞれの農業の置かれた環境、自然条件や、農業の形態、民族の風習などによって異なる。農具はまた人力用と畜力用とに大別でき、西洋では畑作中心の農業で、しかも有畜大規模経営の道を歩んだため、早くから畜力用具が発達したが、日本では水稲作中心で零細集約経営に進んだため、農具は人力用を中心に発達した。ヨーロッパ諸国やアメリカ、日本などにおいては、農具から農業機械への発展の道をたどり、農業の主要な作業の手段としては農業機械が使われており、アジアやアフリカの新興国においても、経済発展に伴って動力を用いた農業機械の普及が一部で始まっているが、まだ多くの国々では人力用、畜力用の農具に依存している。[井上喬二郎・谷脇 憲]

種類

耕うん、整地のための代表的な農具として、人力用では鋤、鍬があり、畜力用として犂がある。土を耕すことは作物栽培のもっとも基本的な作業であり、ヨーロッパ諸国や日本では、トラクターを動力として耕うん、整地が行われている。アジアの新興国では、21世紀になって経済発展が進み、その度合いに応じて、四輪トラクターをはじめとする動力を利用した農具の利用が進んでいる。中国やタイ、マレーシア、インドの稲作の中心地では、乗用トラクターが使われるようになってきている。これらの国々の一部やインドネシア、フィリピン、ミャンマー(ビルマ)、バングラデシュなどでは歩行用トラクターが使われ、経済発展の及んでいない周辺部では、まだ畜力犂による耕うんが残っている。犂は犂床(接地部)の長さにより無床犂(むしょうり)、長床犂、短床犂に分類される。日本では古来、無床犂、長床犂が使われていたが、昭和に入って短床犂が使われるようになった。現在、中国や東南アジアで使われている犂は長床犂であり、インドでも大部分が長床犂の系統である。スーダン、タンザニアなどアフリカの諸国や東南アジアの一部では畜力耕も行われておらず、鍬を使っての人力耕うんが行われている。これらの地方では、鍬のように土を打って耕す道具と、鋤やシャベルのように土をおこす道具との2種類のみで、耕うん、整地、作溝など土を処理するすべての作業を行っており、形状も単純である。
 田植は、日本では田植機が用いられているが、日本以外は手植えが主流であり、しかも大部分が乱雑植えであって、田植用の農具はほとんどない。一般に東南アジアでは、日本に比べ草丈の長い苗を移植するが、苗を深く植えるための道具(マレーシアでのククカンビンなど)を使う地方もある。
 収穫用農具としては、刈り取りのための鎌(かま)、掘り取りのための鍬が基本である。日本の稲用の鎌は、緩い円弧の鋸刃(のこば)が柄に約60度の角度でついているものが用いられているが、日本以外の大部分の国では、強い円弧の鋸刃が柄の延長上に取り付けられた西洋小鎌(シックル)に類似したものが用いられている。アフリカやインドネシアの一部では穂刈りが行われており、指につけた穂刈り用ナイフ(インドネシアのアニアニなど)で摘み取られる。
 脱穀作業は、ごく一部で動力脱穀機や足踏み脱穀機が用いられているが、大部分は、穂のついた束を脱穀台にたたきつけたり、牛のひづめに踏ませたりして脱穀する。藁(わら)や穂くずと穀実の選別は自然の風を用いる。その後、竹や草で編んだ莚(むしろ)や地面に広げて天日で乾かす。現在、日本では、刈り取り、脱穀、乾燥の作業は、バインダー、コンバインや乾燥機を用いている。
 欧米や日本では農業機械が発達して、農具は重要性を減じ、脱穀用具としての千歯扱(せんばこき)や籾摺(もみす)り用具としての唐臼(からうす)などのように、現在みることのできなくなった農具も少なくないが、鍬や鎌などの小道具は今日でもなお欠くことのできない農具として使われている。東南アジアやインド、アフリカの諸国では、現在でも農具類は作物生産に欠くことのできない重要な道具である。それぞれの国によって種類や形状、発達の違いはあっても、たとえばタイの水牛に引かせる稲束運搬そりや、バングラデシュのてこを利用した人力揚水機(ダン)などのように、それぞれの置かれた条件に対応したくふうがみられ、変化を重ねながら発達の道をたどっている。[井上喬二郎・谷脇 憲]

日本の農具の歴史

日本の農具の発達段階を概観すると、(1)石製農具と木製農具の段階、(2)古墳時代の鉄製農具の出現と普及、(3)江戸時代以降の農具改良と発明、(4)昭和初期からの動力機具の出現と第二次世界大戦後の農機具の発展・普及に大別できる。これは耕うん、収穫、脱穀調整用具を基準とした発達段階であるが、いずれも各段階は当時の生産・生活様式、社会・経済構造と密接な関連をもって展開している。
 日本における農耕の開始についてはさまざまな議論があり、縄文時代の農耕の確定には問題もあるが、最近は各地の縄文遺跡からエゴマ、ヒョウタン、リョクトウ、ソバ、イネなどが検出され、また福岡県板付(いたづけ)遺跡からは縄文時代終末期の水田遺構と関連施設、農具、籾(もみ)が出土し、日本の水稲作の開始は従来の土器編年に従えば縄文時代晩期の終末期で、さらにこれ以前には焼畑農耕や庭畑(住居周辺の常畑(じょうばた))での作物栽培が行われていたと考えられる。農具についていえば縄文時代終末期以降、弥生(やよい)時代には水稲作が定着・普及するなかで多くの木製・石製農具が検出されているが、これ以前は打製石斧(せきふ)などが耕うん用具として比定できるのである。弥生時代の水稲作に伴う農具では、耕うん用具としてカシ類の木を材料にした平鍬(ひらぐわ)、丸鍬、股鍬(またぐわ)、鋤(すき)(長柄鋤、着柄鋤、スコップ)、収穫用具として穂首刈りを行った石包丁(いしぼうちょう)・石鎌(いしがま)があり、この収穫具は水稲だけでなく、畑作穀類の収穫にも使われたようである。弥生時代の中期には鍬・鋤の一部の型のものは、その先端に鉄刃がはめられるようになり、北九州では弥生中・後期には鉄鎌が出土し、一部を除いてはこの時期から石包丁がほとんどみられなくなる。さらに弥生後期には木製のエブリ、田下駄、大足(おおあし)、田舟が使われ、脱穀調整具としての竪臼(たてうす)、竪杵(たてきね)、横杵もみられる。これらのことから、弥生前期には刃先まで木製であっても耕うん用具には分化がみられ、後期にはエブリ、大足による代掻(しろか)きや緑肥の踏み込み、さらに水路からの灌漑(かんがい)と排水、高倉による穀物の保存など、水稲作技術やその経営にある程度の完成をうかがうことができる。
 鉄製農具の使用は一部弥生時代中期からみられるが、これが大きな意味をもってくるのは古墳時代になってからである。古墳時代に入ると鉄製の股鍬(馬鍬)が現れ、ついで5世紀中ごろには鉄製のU字形の鋤先・鍬先が木製の鋤・鍬に着装されるようになる。これによって稲作は乾田耕作、深耕が可能となり、生産量が増大し、さらに収穫には刃先が湾曲した曲刃(きょくば)の鉄鎌が使われ出し、水稲の根刈りが確実となってくる。この時代には水稲のほかにアワ、ヒエ、オオムギ、コムギ、ダイズ、アズキ、ウリ、ナス、モモ、アサなどが遺跡から検出され、畑作の進展もうかがえる。鉄製の耕うん用具の発達は、5世紀中ごろからの鉄の国内生産、古墳の造築からも十分予想でき、土木技術の発達から灌漑施設も充実するのだが、鉄製農具の所有は、初めは在地の首長層に限られ、これが普及するのは6世紀になってからである。一方ではこうした鉄製農具による生産力の向上が古代国家成立の基礎となっていったのである。
 古墳時代の鍬・鋤の発達と鎌の確立に続き、次の時代には犂(からすき)が出現する。犂は従来、島根県美濃(みの)郡匹見(ひきみ)町(現益田市)出土の犂(すきさき)が古墳時代のものとされていたが、これは最近の研究から室町時代末以後のものとわかり、古代犂は正倉院の「子日手辛鋤(ねのひのてがらすき)」と、平安時代の諸文献にみえるものがもっとも古い資料である。「子日手辛鋤」は無床犂(むしょうり)で、平安期の『新撰字鏡(しんせんじきょう)』『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』の「加良須支(岐)(からすき)」は、『延喜式(えんぎしき)』の犂とともに長床犂系のものである。犂のカラスキという訓からは、これが大陸からの伝来であることがわかり、犂の普及は10世紀後半から12世紀初めにかけてである。『新猿楽記(さるがくき)』(11世紀中ごろ)や『今昔物語』(12世紀初)などには鋤、鍬、馬耙(まぐわ)(馬歯(まぐわ))、犂(辛鋤)、鎌などがみえ、この時代には西日本を中心に犂が普及し、さらに鍬、鎌などの鉄製農具が一般農民にまで広まったと考えられる。
 鎌倉・室町時代には犂は上層農民のもので、下層農民は鍬を耕うん用具の主体とし、さらに太閤(たいこう)検地以後江戸時代は、耕うん用具の発達が鍬の分化という形で進んでいく。鍬は歴史的に身分階層化が進むなかで、下層の農民が自立、維持していく基礎的農具としての意味をもつわけで、江戸時代後期には各地の自然・耕地状況、使用目的に応じたさまざまな形態のものが確定するのである。大蔵永常(おおくらながつね)の『農具便利論』(1822)では24地方27種の風呂(ふろ)鍬のほか、唐鍬(とうぐわ)、備中(びっちゅう)鍬、踏鋤(ふみすき)(鋳鍬(いぐわ))、鋤(京鋤(きょうすき)、江州(ごうしゅう)鋤、関東鋤)、馬鍬なども記され、鍬や鋤による田畑の耕起、砕土、均平、畝立(うねた)て、中耕、除草などの技術は完成していたと考えられる。綿作地帯では筋切り、二挺掛(にちょうがけ)といった作条具も記され、中耕除草用具には雁爪(がんづめ)、小熊手(こぐまで)、草削りなどもできていた。
 江戸時代はこれらとともに脱穀調整用具も著しく発達した。収穫用具の鎌は、江戸時代前期に砥石(といし)の名産地が生まれていることから日常的な農具となっていたことがうかがえ、脱穀用具では元禄(げんろく)期(1688~1704)に竹の千歯扱(せんばこき)がつくられ、その後鉄製に変わって急速に広まり、さらに選別用具では1684年(貞享1)の『会津農書』に「(とうみ)」(唐箕)がみられ、寛政(かんせい)年間(1789~1801)には各地で使われるようになった。脱(だっぷ)(籾摺(もみす)り)に用いる磨臼(すりうす)は江戸時代になると土の唐臼(からうす)が使われ、江戸時代後期には遣木(やりき)の往復運動によって臼を回転させる方式のものが普及し始めている。脱穀用具は千歯以前は、扱(こ)き箸(ばし)(扱き竹)、扱き管(くだ)を使ったが、竹歯・鉄歯の千歯が出現することによって脱穀能率は飛躍的にあがった。千歯の異名「後家倒し」は、まさに能率向上とこれによる家族労働形態の変化を示している。唐箕については文献上では前述のとおりだが、実物では明和(めいわ)4年(1767)の銘のものが残されている。
 江戸時代にはこのように農具の改良・発明あるいは摂取が行われ、日本農業の労働集約的な性格ができあがった。しかしあくまで手耕の枠を超える農業ではなかった。これが明治に入ると西洋農学の影響を受け、犂への関心が高まり、牛馬による犂耕が普及され、明治中期には在来の長床犂・無床犂の利点をあわせた短床犂がつくられ、各地で使われるようになるのである。そして大正初期には千歯にかわって足踏み脱穀機が発明され、昭和初期には動力脱穀機が出現して脱穀調整用具が機械化され、第二次世界大戦後には動力耕うん機の普及によって耕うん過程も機械化された。[小川直之]

ヨーロッパの農具の歴史

ヨーロッパの北西部は寒冷湿潤な気候で、土壌も粘土質の所が多いため、古代から乾地農法として農業が発達していた地中海域とは環境がまったく違っていた。そのため耕うん技術ひとつについてみても、軽い土壌の表層を砕いてかき混ぜ、水分を有効に保持させる乾地農法は、湿潤な粘土質土壌を畝(うね)立て、深耕、反転などにより排水の効果をあげようとくふうする農法には適用できず、使用される農具も適さなかった。ヨーロッパでは農法と農具が独自の形態をとって発達した。[小林 正]
新石器時代には木製掘り棒、鍬(くわ)などが使用され、その後、地中海域で使用されている犂(すき)がヨーロッパ各地に広まったとされているが、この犂は粘土質土壌に適さないため、軽い土壌のほんの一部地域での使用に限られていたようである。
 ローマ時代以降粘土質の生産性の高い土地の開墾が盛んとなり、耕地が広大となった10世紀から13世紀になって、農具は目だった発達をみるようになる。
 紀元前1世紀には鉄製刃板がついたものが普及し、また鉄製犂刀(りとう)も取り付けられていた。この刃板と犂刀は地中海域のものとは異なった形で堅牢(けんろう)につくられ、重いものであった。
 7世紀には車輪が取り付けられることによって耕深を調節したり、使いやすくする技術が開発され、11世紀には(れきど)(すくい上げた土)を直接反転させる撥土板(はつどばん)がつくられた。近代のプラウの原型はこの時代にできたものと考えられる。撥土板は複雑な曲面のため当時の技術では製作が困難であったが、19世紀に入り初めて各種の撥土板が完成した。[小林 正]
砕土器
11世紀には犂で耕うんしたところに種が播(ま)かれ、馬鍬(まぐわ)により砕土、覆土が行われたようである。馬鍬は木枠に鉄製の歯杆(しかん)を取り付けたもの、オーク材の円柱に歯杆を取り付けた回転式のものなどがつくられ、現在の歯杆固定形、回転形ハローのもととなっている。[小林 正]
播種器具
古代の耕うんは種子の覆土作用も同時にさせていたようであり、犂に木製の管を取り付けた播種(はしゅ)機が古くからあったとされているが、使用された形跡は少ない。中世においてはシードリップとよばれる枝編み細工の箱形容器に種子を入れ肩から下げて手で播いていた。また簡単なものは前掛けを上方に折り曲げて、その中へ種子を入れて播いていた。[小林 正]
新石器時代には穀類の刈り取りには火打石でつくられた刃を鋸歯(きょし)状に取り付けた木製の鎌(かま)が使用された。刃部の曲線は現在の小鎌のような中凹状であった。ヨーロッパでは天候が変わりやすい気象条件であったため収穫作業は高能率が要求され、鎌の柄(え)についても手首が疲れないようくふうがなされた。前4世紀のころより片手で使用する小鎌は柄の端で刃が後方に曲がった形となり、手首の酷使を軽減させている。
 中世に入り牧草などの刈り取り作業を能率化するために、両手で使用する柄の短い大鎌がつくられ、11世紀のころこの大鎌には長い柄に短い取っ手がつけられるようになった。
 14世紀の終わりごろには穀類を刈り取ったあと束ねやすくするために、稈(かん)(茎)を集める働きをさせる半円形の細枝を柄に取り付けた把装大鎌が普及し、16世紀以降穀類の刈り取りは小鎌からこの大鎌にとってかわられた。今日のシックルsickleは当時の小鎌、サイスscytheは大鎌、クレードルcradleは、把装大鎌がそれぞれもととなって発達したものである。一方、畜力用収穫機は茎の先端近くから刈り取る収穫櫛(ぐし)なるものが古代ローマにあったとされているが、以後の利用はみられない。畜力用モーア、リーパーreaper(刈取機)、バインダー、コンバインは19世紀に入ってから考案された。[小林 正]
脱穀器具
19世紀中ごろまでは、連枷(れんか)を使用して人力で打ち落とすか、禾穀(かこく)を地面に敷き役畜に踏ませたり、石のローラーを引かせたりして脱穀した。スレッシャーthresher(脱穀機)は19世紀前半に考案されている。[小林 正]

中国の農具


(こう)は日本の唐鍬またはばち鍬に類似し、歯鎬(しこう)は備中鍬に類似していて、歯杆の数は2~4本である。板鍬は日本の金鍬によく似ている。日本に伝播した本家であるが、種類は少ない。[小林 正]
中国の犂は前4世紀ごろ地中海域で使用されていたものが伝えられたとされている。現在の犂の形状は11世紀ごろのものが原型となっているようで、日本の長床犂(ちょうしょうり)と似た形をしている。[小林 正]
中国の鎌刀(れんとう)はヨーロッパの鎌と形状は異なる。昔の鎌刀は鉄製の刃に木の柄をつけたものと、刃も柄部もすべて鉄製のものとがあった。その形は現在のものと大差ないが、柄の取り付け方法が違っている。削穀刀(さっこくとう)は主としてアワ穂の刈り取り、爪鎌(つめがま)はコウリャン、アワなどの穂だけを収穫するときに使用されていた。[小林 正]
脱穀器具
畜力でけん引する石ローラー、連枷、稲床などがおもなものである。選別には扇車(せんしゃ)(唐箕(とうみ))が使用されている。石ローラー、扇車は中国で考えられた農具である。[小林 正]
『農政調査委員会編・刊『体系農業百科事典 第1巻』(1966) ▽飯沼二郎・堀尾尚志著『農具』(1976・法政大学出版局) ▽大日本農会編『日本の鎌・鍬・犂』(1979・農政調査委員会) ▽大塚初重・戸沢充則・佐原真編『日本考古学を学ぶ2』(1979・有斐閣) ▽日本常民文化研究所編・刊『紀年銘(年号のある)民具・農具調査――東日本』(1980) ▽日本常民文化研究所編・刊『紀年銘(年号のある)民具・農具調査――西日本』(1981) ▽森浩一他編『日本民俗文化大系3 稲と鉄』(1983・小学館) ▽農業機械学会編『生物生産機械ハンドブック』(1996・コロナ社)』

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世界大百科事典内の農具の言及

【農業】より

…これを出発点として野菜,綿菜種紅花,大麻,養蚕などを通じて,大きな地域差・年代差をもちながら農民の手から商品として売られる生産物が増加し,地域によっては米も商品となっていくところの,変化の過程だったと要約できる。この間に自給肥料は魚類,油粕類の購入肥料を利用するようになり,同時に農具,作物品種も改良され,面積当り生産量も増加していく。この変化の全過程を通じて,田畑ともに毎年作付けを行い,さらに二毛作も一般化していると考えられる。…

【農書】より

…特に王禎《農書》は山東生れの彼が安徽,江西の地方官をした経歴を生かして南北農業を対比,総括して記している。さらに《農器図譜》16巻は初めての総合的な農具の図解で,在来農具のほとんどに及び,農史研究のうえに役立つことが多い。明代農書の代表的なものは徐光啓の《農政全書》60巻である。…

【百姓】より

…これらの小農は親方,御家,公事屋,役家などと呼ばれる村落上層農民(初期本百姓)に隷属し,生産・生活の全般にわたって主家の支配と庇護を受けていた。彼らは主家から零細耕地を分与され,主家の許しを受けて刈敷場(かりしきば)から肥料を採取し,自分持ちの小農具(鍬(くわ),鎌(かま))で分与地を耕作し,そこで自己の再生産をまかない,一定日数の賦役労働を主家の農業経営に提供した。主家への労働提供に際しては,大農具(家畜,犂(すき))は主家のものを使用し,小農具は自分持ちの農具を持参して使用し,食事の給付などを受けた。…

【弥生文化】より

…また,陸田も当然存在したであろう。 農具には各種の鋤,鍬(くわ)があり,刃の先までカシなどの硬い木材で作ってある。IV期(中期末)以降,九州では青銅および鉄の刃先を使い始めたが,弥生時代末期に至るまでこれはなかなか普及しなかった。…

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