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死出の田長 シデノタオサ

デジタル大辞泉の解説

しで‐の‐たおさ〔‐たをさ〕【死出の田長】

《「しず(賤)のたおさ(田長)」の音変化とも、死出の山から飛び来るところからともいう》ホトトギスの別名。しでたおさ。
「名のみ立つ―は今朝ぞなく庵あまたとうとまれぬれば」〈伊勢・四三〉

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大辞林 第三版の解説

しでのたおさ【死出の田長】

〔「賤しずの田長」の転という〕
ホトトギスの異名。しでたおさ。 「名のみたつ-は今朝ぞなく庵あまたとうとまれぬれば/伊勢 43

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世界大百科事典内の死出の田長の言及

【ホトトギス】より

…俳句雑誌。松山の俳句団体松風会を母体とし,正岡子規を指導者として,1897年1月に創刊。翌年10月東京に移して高浜虚子が経営。俳句とともに,文章にも力を注いだ。文章では,子規の枕頭で〈山会〉と名付けた文章会も開き写生文を推進した。1902年の子規没後,虚子と河東碧梧桐の対立が誌上で表面化したが,碧梧桐が同誌から遠ざかり,虚子は小説に力を注いだ。小説誌の方向をたどる契機は,直接には夏目漱石の《吾輩は猫である》(1905)を掲載し好評を博したことで,以後,伊藤左千夫の《野菊の墓》(1906),鈴木三重吉の《千鳥》(1906),虚子の《風流懺法》(1907)など同派の作や,ほかに森鷗外の作品も載せ,同時代の自然主義文学と別趣の世界を見せた。…

※「死出の田長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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