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比企尼 ひきのあま

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

比企尼 ひきのあま

?-? 平安後期-鎌倉時代,源頼朝の乳母。
永暦(えいりゃく)元年(1160)頼朝が伊豆(いず)に流されると,夫比企掃部允(かもんのじょう)とともに本領武蔵(むさし)比企郡(埼玉県)にいき頼朝を援助した。娘3人のうちふたりは源頼家の乳母に,養子比企能員(よしかず)の娘若狭局(わかさのつぼね)は頼家の妻となった。

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朝日日本歴史人物事典の解説

比企尼

生年:生没年不詳
平安後期・鎌倉時代の女性。源頼朝の乳母のひとり。乳母として武蔵国比企郡(埼玉県)を拝領,それに伴い,夫掃部允は比企に下向した。夫の死後も頼朝に奉公,おいの比企能員を猶子とし,頼朝に推挙して奉公させている。娘は河越太郎重頼の妻となっていたが,頼朝の子頼家が生まれるとその乳母となった。母娘2代にわたって源家の乳母を務めたことになる。頼朝・政子はそろって比企尼の家をしばしば訪れ,尼の宅で宿老と共に酒宴を催したりもしている。猶子能員は頼家の乳母夫を務め,またその娘若狭局が頼家の愛妾でもあったことから,頼家の外戚として北条氏一族と対立を深め,建仁3(1203)年,北条氏の征討を受けることになった(比企能員の乱)。

(田端泰子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の比企尼の言及

【比企能員】より

…あるいは安房国か。伯母比企尼(ひきのあま)は源頼朝の乳母で,能員は比企尼の養子であった。平氏打倒に成功した頼朝は尼の推挙により能員をとりたて,1189年(文治5)の奥州征伐では北陸道大将軍に任じた。…

※「比企尼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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