水牧村(読み)みずまきむら

日本歴史地名大系 「水牧村」の解説

水牧村
みずまきむら

[現在地名]小矢部市水牧

福町ふくまち村の南東芹川せりかわ村の南、小矢部川右岸平地に立地。「参考源平盛衰記」巻二八の礪波となみ山合戦条に水巻四郎安高・同小太郎安経がみえる。一二世紀末頃と推定される中院流家領目録案(久我家文書)に「越中国水巻御位田」とみえる。天文五年(一五三六)三月一二日の最勝寺塔頭并末寺目録(最勝寺文書)によれば、「水巻」に最勝さいしよう(現福光町)末の大泉だいせん庵があった。元和五年(一六一九)の家高新帳に「水まき」とみえ、役家数七、桜町組に属する。寛永二年(一六二五)野銭四〇〇文を課された(「野銭申付状」井波町肝煎文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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