池田保(読み)いけだほ

日本歴史地名大系 「池田保」の解説

池田保
いけだほ

そま川左岸部で、池田周辺に比定される。立保の時期は未詳。中世後期には馬杉ますぎ庄に属した。長禄元年(一四五七)池田定満の孫池田御猿丸が「馬杉庄之内池田保八田村公文職諸公事検断等」を安堵され(同年一二月一五日「公文職安堵状案」山中文書)、「甲賀郡志」所収の金竜寺鋳造鐘旧銘にも「近江国甲賀郡馬杉庄池田保」とみえる。なお、銘文には応仁二年(一四六八)中呂(四月)五日の年紀と願主重継、元亀三年(一五七二)三月日の年紀と願主池田信輝の名前を記載。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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