日本歴史地名大系 「河瀬庄」の解説 河瀬庄かわせのしよう 滋賀県:彦根市旧犬上郡地区河瀬庄現川瀬馬場(かわせばば)町・南川瀬(みなみかわせ)町一帯に比定される庄園。文永六年(一二六九)一〇月七日の六波羅下知状(多賀大社文書)に庄名がみえる。この下知状は多賀社の神役勤仕をめぐって多賀社と坂本日吉社領八坂(はつさか)庄庄官資真らとの間で相論があり、六波羅探題は旧規を守って庄官の神役勤仕を命じたものだが、多賀社側が先例として主張した文言のなかに「建長年中、河瀬八坂両庄下司家盛与当庄公文資直、依座次之論奉祝新社、不随神事之間、任先例預裁許畢」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by