河舟川村(読み)かわふねがわむら

日本歴史地名大系 「河舟川村」の解説

河舟川村
かわふねがわむら

[現在地名]田上町川船河(かわふねがわ)

羽生田(はにゆうだ)村の南、新津丘陵西側に位置する。永正年間(一五〇四―二一)頃の蒲原郡段銭帳(米沢市立図書館蔵)に青海(おうみ)庄「河骨川条代官二人」とみえ、天正五年(一五七七)の三条衆給分帳(市川浩一郎氏蔵)には神保知行として「よし田村・河ふね川村」とみえる。慶長三年(一五九八)頃の御領内高付帳(新発田市史資料)には「河骨川」八四石三斗とあり、同五年の御知行方田畠帳(同資料)によれば田方九町九反余・畠方三町六反余、物成は田方四七石三斗余・畑方九石九斗余、ほかに慶長四年水入開分として五反余に反別六斗が課されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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