泰雲寺跡(読み)たいうんじあと

日本歴史地名大系 「泰雲寺跡」の解説

泰雲寺跡
たいうんじあと

[現在地名]宇土市宮庄町

慶長年間(一五九六―一六一五)細川忠興(三斎)が父藤孝(幽斎)菩提を弔うために創建した大徳だいとく寺塔頭高桐こうとう(現京都市)末寺。山号は三車山といい臨済宗であった。慶安年中(一六四八―五二)、宇土支藩第二代細川行孝が、正保二年(一六四五)没した藩祖立孝(立允)菩提のため、宮荘みやのしよう村旧法泉ほうせん寺の寺地に建立し、高桐院の開山玉甫の法孫碩翁宗胖を招いて開山とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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