津守町(読み)つもりちよう

日本歴史地名大系 「津守町」の解説

津守町
つもりちよう

[現在地名]萩市大字津守町

米屋(こめや)町の東に続く町人町。東は上五間(かみごけん)町、南は西田(にしだ)町。

町名の由来を「萩諸町之旧記草案」は「此所何頃開けしと言る事不相知。唯今町田又兵衛といへる者之五代之先祖津守惣右衛門と言り。此者住し故、町之名とせし由言伝へり」と記す。宝暦元年(一七五一)の萩大絵図別冊文書によれば、町の長さ二〇五間、家数一二〇、うち本軒六、店借一〇九、貸家五でほかに蔵が六ヵ所あった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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