清井田村(読み)きよいだむら

日本歴史地名大系 「清井田村」の解説

清井田村
きよいだむら

[現在地名]新城市八束穂(やつがほ)

下々(しもそう)村の東北、伊那街道に沿う。太田白雪の「続柳蔭」に「清キ井水アリテ村ノ田ニカヽル故ニ村ノ名トス」とある。慶長八年(一六〇三)に旗本松平加賀右衛門家の所領となり、幕末に至る。伊那街道から有海(あるみ)への分岐点にあたり、交通の要地であった。「続柳蔭」に「近年新茶屋建ツヾケ家々ニウカレ女アリ、袖ヲツラネ色メクモ思ヒガケナキ山ノ中ニオカシ、追分アリ」とある。宝暦一四年(一七六四)の指出帳(清井田区有)では、百姓家二五軒のうち六軒は旅人宿、五軒は旅人相手の売買渡世であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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