源道遺跡(読み)げんどういせき

日本歴史地名大系 「源道遺跡」の解説

源道遺跡
げんどういせき

[現在地名]久慈市旭町

久慈川と夏井なつい川によって開柝された種市たねいち(二子)段丘面にある。標高約三〇メートル。昭和六二年(一九八七)と同六三年の調査によって縄文時代の落し穴状遺構一七基、奈良時代の竪穴住居跡二二棟、平安時代の竪穴住居跡二一棟、その他土壙二四基・焼土遺構六基などが検出された。奈良時代の住居跡の平面形は隅丸方形で、六・八×六・五メートルのものが最大で、最小のものは一辺二・四メートル。柱穴は一辺五メートル以上の住居跡では対角線上に四本あるが、五メートル以下のものは不統一である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む