溜池葵町(読み)ためいけあおいちよう

日本歴史地名大系 「溜池葵町」の解説

溜池葵町
ためいけあおいちよう

[現在地名]港区虎ノ門とらのもん二丁目

明治五年(一八七二)溜池の洗い堰南方に成立した町。北東は葵坂を隔てて汐留しおどめ川、西は霊南れいなん坂を隔てて溜池霊南坂ためいけれいなんざか町・同榎坂えのきざか町・赤坂田あかさかた町七丁目。中央南東から北東へ潮見しおみ坂が上る。南半は延宝二年(一六七四)以来松平家(明和四年より武蔵川越藩、慶応三年上野前橋藩)上屋敷、北半は南部が元禄一一年(一六九八)まで水野家、北部がはじめ薩摩鹿児島藩島津家中屋敷、その後肥前佐賀藩鍋島家中屋敷。延宝年間には中西・織田両屋敷、のち太田善太夫、上総一宮藩加納家中屋敷。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む