瀬脇村(読み)せわきむら

日本歴史地名大系 「瀬脇村」の解説

瀬脇村
せわきむら

[現在地名]長野市七二会なにあい 瀬脇

大町おおまち(現県道大町線)に沿い、さい川を南に望む山の斜面の散村。

慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)に「四百拾四石三斗八升五合 瀬脇村」とあるのが村名の初見。元禄の松城領高辻帳の添目録(大日方文書)に枝村柏尾かしおはす飯森いいもり矢沢やざわ高畑たかはた荒屋あらや赤坂あかさかの七村を記していて、山村集落から成り立っていた。大半が畑地で、寛文一〇年(一六七〇)の戌之土目録納次第(七二会村誌)に役荏・役大豆・役綿・麻などを生産物の重要物としてあげている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 飢饉 高畑

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む