焼坂(読み)やけざか

日本歴史地名大系 「焼坂」の解説

焼坂
やけざか

中村街道を須崎から久礼(くれ)浦(現高岡郡中土佐町)方面へ向かうと、角谷(かどや)山(三二八・五メートル)東麓の角谷坂を過ぎ、「土佐無双ノ大坂」(智積院澄禅「四国遍路日記」)といわれた焼坂に至る。焼坂の名について「土佐州郡志」は「俗云、人経嶮岨、労苦熱身体、故名、一説昔豺狼為害、伐樹刈草以除患、如焼痕状、故有此名」と記す。昔から「角谷・焼坂・添蚯蚓」といわれた中村街道の難所であった。

安政五年(一八五八)三月に幡多(はた)郡を巡歴した防意軒半開の旅行記「幡多郡紀行」には「久礼の吉田氏を出て、洲崎浦へ便船を求むるに、皆出払ひたりとて、引返し焼坂に上る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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