燧村(読み)ひうちむら

日本歴史地名大系 「燧村」の解説

燧村
ひうちむら

[現在地名]今庄町燧

日野川と支流田倉たくら川の合流点の南東側坂谷さかたに(四三三メートル)の麓にあり、北は八乙女やおとめ村。天正四年(一五七六)五月二日付の赤座小法師宛府中三人衆知行宛行状(北国鎮定書札)に「抽尾庄之内火打村分一職五十六石八斗八升」とあり、正保郷帳にも火打村とみえる。同帳によれば田方二三四石余・畠方五三石余。元禄郷帳から燧村と書かれるようになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 幕府領

関連語をあわせて調べる

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む