牛島庄(読み)うしじまのしよう

日本歴史地名大系 「牛島庄」の解説

牛島庄
うしじまのしよう

応保二年(一一六二)太宰府天満宮安楽寺の千部会に平清盛が牛島庄六〇石を寄進した(太宰府天満宮史料)。その後承安三年(一一七三)牛島庄一〇〇町が安楽(あんらく)寺の一切経蔵領となっている(同史料)。正応五年(一二九二)の「惣田数注文」(河上神社文書)には安楽寺領内に「牛島庄六十丁」が記される。また太宰府天満宮史料の中の観応三年(一三五二)の注進状には「牛島庄、同片田江村」と記され、現巨勢(こせ)町大字牛島から水(みず)ヶ江(え)方面に存在したと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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