真和謝御嶽(読み)まーじやーおん

日本歴史地名大系 「真和謝御嶽」の解説

真和謝御嶽
まーじやーおん

[現在地名]石垣市白保

嘉手苅(かちがら)御嶽の東方、海岸部に立地する。マージャーオンという。御嶽全体がテリハボクやハスノハギリの大木などが生える森となっている。御嶽は南面し、数十メートル東は海岸。「琉球国由来記」によると神名は中原神本、イベ名はミヤライシで、由来は宮良の仲嵩(みやらのなかたき)御嶽に同じ。乾隆三六年(一七七一)の明和大津波以前は集落内にあったが、津波で流潰したため村とともに一時上野地という所に移った(大波之時各村之形行書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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