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真忠組 しんちゅうぐみ

世界大百科事典 第2版の解説

しんちゅうぐみ【真忠組】

江戸末期の世直し的な動きの中で1863年(文久3)11月に千葉県九十九里地方で挙兵した隊。元尾張藩士楠音次郎と元旗本家来三浦帯刀を隊長としたが,200人近い隊員のほとんどはこの地方の貧農小作水主(かこ)層出身であった。攘夷実行と貧民の解放とをかかげ,網主や村役人層に金穀・槍刀などを拠出させて貧民に分配するなどの動きをするが,幕府の動員した関八州農兵や諸藩兵に攻撃され,64年(元治1)1月17日に壊滅した。

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世界大百科事典内の真忠組の言及

【上総国】より

… 小藩割拠の当国において,窮乏する旗本の知行地では農民の騒擾事件が起こっているが,1785年(天明5)金谷村(富津市)農民太左衛門が旗本白須氏に減租を訴え,のち太左衛門が獄死した事件や,1750年(寛延3)阿部正甫知行夷隅郡押日5ヵ村の農民が不作用捨を願い門訴し,頭取杢右衛門が斬罪となった事件が知られている。幕末には浪人集団真忠組の騒乱がある。1863年(文久3)片貝村を根拠とした楠音次郎を主領とする一味は赤心報国と万民の困窮を救うと呼号したが,現実には暴徒として翌年一宮藩兵等により鎮圧された。…

※「真忠組」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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