矢舟村(読み)やふねむら

日本歴史地名大系 「矢舟村」の解説

矢舟村
やふねむら

[現在地名]武生市矢船やふね

日野川東岸、村国むらくに山と日野山の間にある。福井藩領。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では南仲条みなみなかじよう郡中に「矢船村」として高四二六・六四石がみえ、正保郷帳以降今南西いまなんせい郡に「矢舟村」と記され、田方四一二石余・畠方一三石余。寛政元年(一七八九)の御廻国様御通ニ付高斗代寺社並ニ家数人数御改帳(「越前宗門帳」所収)では三四軒・一五四人。「家老状留」の元禄一一年(一六九八)五月二七日条に「矢舟川原御家中弓鉄之丁御覧之事」とあって、当村の川原が府中本多家の弓鉄砲の訓練所に使用されていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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