石崎保(読み)いしざきほ

日本歴史地名大系 「石崎保」の解説

石崎保
いしざきほ

現茨城町上石崎かみいしざき・中石崎・下石崎にあたる。

小槻有家注文(壬生家文書)によれば、建久六年(一一九五)吉田よしだ郡内石崎郷の本領主相慶はこの郷を吉田社(現水戸市)の領家小槻隆職に寄進し、同九年官符により石崎保が設定された。弘安大田文には吉田郡は欠失しているが、嘉元大田文には「石前三十五丁」と記される。領主相慶については常陸大掾系図に、石川家幹の子の石崎禅師がみえ、あるいはこの人物ではないかと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 佐竹氏 勢力

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む