窪平村(読み)くぼだいらむら

日本歴史地名大系 「窪平村」の解説

窪平村
くぼだいらむら

[現在地名]牧丘町窪平

東は室伏むろぶし村、西は城古寺じようこじ村、北は千野々宮ちののみや村、南は藤木ふじき(現塩山市)。西をつつみ川、東をこと川、南を笛吹川が流れる。東西四町・南北三四町で南北に長い村(明治三年「村明細帳」山梨県行政文書)。村内にほりうち替地かえじの枝郷があった(甲斐国志)。慶長古高帳に村名がみえ、高三五〇石余、幕府領。ほかに大明神(現若宮八幡宮)領一石がある。元禄郷帳では甲府家領。宝永元年(一七〇四)甲府藩領となり、同七年には甲府新田藩(松平経隆)領、高四八〇石余(「甲府御分知郷村高割帳」柳沢文庫)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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