立野新村(読み)たてのしんむら

日本歴史地名大系 「立野新村」の解説

立野新村
たてのしんむら

[現在地名]福光町立野新・立野原(たてのはら)・立野脇(たてのわき)

大西(おおにし)村の南西方、立野(たての)ヶ原(はら)丘陵上にある。寛保三年(一七四三)に天池新(あまいけしん)村の次郎左衛門が新開した天池開の一部で、立野場所とよばれたが、天保一〇年(一八三九)に草高三八一石余の立野新村として村立てされた(「天保九年以来諸郡一村建村村調理帳」川合家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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