竹田道安邸跡(読み)たけだどうあんていあと

日本歴史地名大系 「竹田道安邸跡」の解説

竹田道安邸跡
たけだどうあんていあと

[現在地名]中京区御倉町

近世初期、蛸薬師通東洞院下ル元竹田(もとたけだ)町よりこの地に移った儒医竹田法印の邸跡。京都御役所向大概覚書は、その屋敷所在地を「三条通両替町東え入町」、広さを「表口四間余・裏行弐拾三間余」と記す。この地は現御倉(みくら)町にあたる。

道安は、元和九年(一六二三)後水尾天皇不予の折召されて診侍。また東福門院和子(後水尾天皇中宮)の治療にあたった功で法眼に、寛永八年(一六三一)将軍秀忠の病に江戸に召されて薬を調達、法印に叙され、のち猟徳院の院号を受ける。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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