笠井庄(読み)かさいのしよう

日本歴史地名大系 「笠井庄」の解説

笠井庄
かさいのしよう

現笠井町付近に比定される。文明(一四六九―八七)末年頃の諸国御料所方支証目録(内閣文庫蔵)によると越前国平葺郷に関する判物に「遠州笠井庄」がみえるという。永正一〇年(一五一三)三月、今川氏親が笠井楞厳りようごん寺に陣取った(重編応仁記・宗長日記・今川家譜)。これは斯波方の大河内貞綱が遠江へ侵攻したのに対し、今川氏親が自ら出陣したものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む