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文明 ぶんめい civilization

翻訳|civilization

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

文明
ぶんめい
civilization

文化と同義に用いられることが多いが,アメリカイギリスの人類学では,特にいわゆる「未開社会」との対比において,より複雑な社会の文化をさして差別的に用いられてきた。すなわち国家や法律が存在し,階層秩序,文字,芸術などが比較的発達している社会を文明社会とする。

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デジタル大辞泉の解説

ぶん‐めい【文明】

人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。
文化[用法]
[補説]書名別項。→文明

ぶんめい【文明】[年号]

室町中期、後土御門(ごつちみかど)天皇の時の年号。1469年4月28日~1487年7月20日。

ぶんめい【文明】[書名]

《原題、〈フランスCivilisationデュアメルの小説。1918年刊。同年、ゴンクール賞受賞。第一次大戦に外科医として従軍した経験をもとに、戦争の悲惨さを訴える。

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百科事典マイペディアの解説

文明【ぶんめい】

英語civilization,ドイツ語Zivilisationなどの訳。ラテン語civis(市民)に由来し,元来市民たる身分の特性や教養を意味したが,しばしば文化と同義に,動物ないし〈未開〉とは区別される,洗練された人間生活・活動の総体をいう語として用いられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぶんめい【文明 civilization】

文明の語civilizationがラテン語の市民civisや都市civitasに由来するように,とくに都市の文化をさすことが多いが,19世紀の末に〈文化〉を最初に定義したE.B.タイラーは,〈文明〉と〈文化〉を同一視している。プラトンアリストテレス,T.ホッブズなどは〈文明〉と〈社会〉を同一視し,文明以前を無秩序な状態(自然状態)と考えた。ところが自然状態と呼ばれるような無秩序な世界は,いわゆる未開社会をも含めて人間社会のいずこにも存在しないことが明らかになり,この考えはくずれた。

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大辞林 第三版の解説

ぶんめい【文明】

文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。 「オリエントの-」
人知がもたらした技術的・物質的所産。 「 -の利器」 〔「学問や教養があり立派なこと」の意で「書経」にある。明治期に英語 civilization の訳語となった。西周にしあまね「百学連環」(1870~71年)にある。「文明開化」という成語の流行により一般化〕

ぶんめい【文明】

年号(1469.4.28~1487.7.20)。応仁の後、長享の前。後土御門天皇の代。

出典|三省堂
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日本の元号がわかる事典の解説

ぶんめい【文明】

日本の元号(年号)。室町時代戦国時代)の1469年から1487年まで、後土御門(ごつちみかど)天皇の代の元号。前元号は応仁(おうにん)。次元号は長享(ちょうきょう)。1469年(応仁3)4月28日改元。兵革(戦乱)の凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『周易(しゅうえき)』を出典とする命名。文明年間の室町幕府の将軍は足利義政(よしまさ)(8代)、足利義尚(よしなお)(9代)。将軍足利義政の継嗣問題や有力大名の勢力争い・家督争いなどにより、管領の細川勝元と山名持豊(もちとよ)(宗全)を中心に東軍と西軍に分裂して始まった戦乱(応仁・文明の乱)が続いていた。1471年(文明3)、西軍の主力となっていた朝倉孝景(たかかげ)(斯波義廉(しばよしかど)重臣)が東軍に寝返り、関東では幕府軍が古河(こが)公方の足利成氏(しげうじ)の本拠地古河城を陥落させたことで東軍優位に傾き、1477年(文明9)には京都での戦闘は終息した。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

文明
ぶんめい
civilization

日本では明治初年、「文明」と「開化」ということばがほぼ並行して使われ始め、二つをあわせた文明開化は近代化・西欧化のスローガンとされた。両語とも、ラテン語のcivis(市民)やcivilis(市民の)、およびcivitas(都市)に由来するcivilizationの訳語である。明治中期から大正にかけて、文明開化から開化が除かれて文明になり、これと前後して、今日使用されている意味での文化cultureも広く使われるようになった。
 文明と文化ということばの使い方には二つの流れがある。第一は、文明と文化は連続したものであり、都市化、高度の技術、社会の分化、階層の分化を伴う文化を文明とする。各文化、各文明はそれぞれ独自な個別性と独自性をもちつつ地球上に多元的に存在し、地球上の部族文化は大勢として前近代的都市文明へ、さらに近代的都市文明へ移行したとされる。この考え方は、第二次世界大戦後に文化人類学が普及するにつれて日本でも一般化した。他方、第二は、戦前から日本に普及している考え方である。これは、文明と文化を連続したものではなく、かえって対立したものとしてとらえ、精神的所産を文化、物質的所産を文明とする。西欧では、古くからcivilizationが今日の「文明」と「文化」の両方をさしていたが、19世紀後半、ドイツの民族学者とイギリスの人類学者が第一の用法を提示して以来、人類学者の多くは第二の用法を避けている。第二の用法は、ドイツの哲学、とくに新カント学派の影響を強く受けている。これは、物質的・技術的文明が累積され発展するのに対して、精神的・価値的な文化は1回限りのものであり、進歩という尺度によっては測れないとする。
 これらの流れとはやや違う視点から、18世紀のフランス啓蒙(けいもう)学派のように、封建制・王制の段階に続くのが文明の段階、すなわち市民社会の段階であるとか、アメリカのモルガンのように、蒙昧(もうまい)savagery、野蛮barbarismを経て文明civilizationに至るという主張もある。このように文明を発展段階の一区分とする考え方は、今日では否定されている社会進化論に基づくものである。他方、第二の用法は、日本語として多用されている物質文明と精神文化ということばのなかに、いまなお根強く残されている。
 最近まで、単線的系列として、ほぼ発展段階として提示されてきた世界史のいくつかの図式(たとえば、オリエント文明→ギリシア文明→ローマ地中海文明→西欧文明)は、西欧中心の世界史観であるが、これを広く思想的に転換するきっかけを与えたのはシュペングラーである。彼は、非西欧地域を含む世界の八つの高度文化(エジプト、バビロニア、インド、中国、ギリシア・ローマ、アラビア、メキシコ、西欧)をあげ、それぞれが独自の有機体として、誕生→成長→衰亡→死の過程を経ており、最後の段階が「文明」であるとし、西欧文化はそうした「文明」に達して創造力を失ったとして、比喩(ひゆ)的に「西洋の没落」を唱えた。この哲学を経験科学的に継承・発展させたのがトインビーである。彼は、国家よりは大きく全世界より小さい中間的な範囲に文明をみいだし、21の文明を設定する。各文明は、発生→成長→挫折(ざせつ)→解体の四段階のどれかを経過すると同時に、「親子関係」のように互いに結ばれているとする。確かにそこには、「親子関係」をはじめとする諸概念のあいまいさと資料操作の不十分さがある。それにもかかわらず、「国民国家」中心・西欧中心の歴史観を超えて、時間・空間の大きな枠組みとしての文明を提示した点で、歴史学者や文化人類学者を触発した。20世紀後半から21世紀にかけて世界規模の急激な大変貌(へんぼう)が進んでおり、文明を解明する意義は非常に大きくなっている。文明の究明がようやく本格的に始められたといってよいだろう。[鈴木二郎]
『山口昌男編『現代人の思想15 未開と文明』(1969・平凡社) ▽A・L・クローバー著、松園万亀雄訳『文明の歴史像――人類学者の視点』(1971・社会思想社) ▽トインビー著、長谷川松治訳『歴史の研究』全3巻(1975・社会思想社) ▽伊藤俊太郎著『比較文明』(1985・東京大学出版会) ▽梅原猛編『講座文明と環境 第11巻――環境危機と現代文明』(1996・朝倉書店) ▽村上陽一郎著『文明の死/文化の再生』(2006・岩波書店) ▽安丸良夫著『文明化の経験――近代転換期の日本』(2007・岩波書店) ▽梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中公文庫)』

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