経石田新村(読み)きよういしだしんむら

日本歴史地名大系 「経石田新村」の解説

経石田新村
きよういしだしんむら

[現在地名]黒部市おか浜石田はまいしだ

北は堀切ほりきり村、東は正光寺新しようこうじしん村。藩政期には石田新村と記され、慶安四年(一六五一)石田村からの出村につき石田新村と称した(「新川郡村名由来」加越能文庫)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高七石、うち一石は明暦二年(一六五六)から、免三ツ七歩のうち一ツは寛文三年より上免。明暦二年の新田高九石があり、草高計一六石(三箇国高物成帳)。延宝六年(一六七八)御検地出高三八石、元禄一五年(一七〇二)から六度の手上高があり、天保一一年(一八四〇)の草高七五石余(「高免帳」杉木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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