綿内要害(読み)わたうちようがい

日本歴史地名大系 「綿内要害」の解説

綿内要害
わたうちようがい

[現在地名]長野市若穂綿内

綿内村の中央、標高六五〇メートルのじようみねにある春山城はるやまじよう跡のことかとの説があるが不詳。

弘治二年(一五五六)八月、武田晴信(信玄)方の綿内攻めに功のあった今清水六郎次郎に対し、高梨政頼が宛てた感状に「(七月)十九日、綿内要害落城砌、最前入馬、被相戦之条、粉骨無比類候、至于自今以後も、別可被励忠信事簡要候」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 信玄

関連語をあわせて調べる

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む