美濃三人衆(読み)みのさんにんしゅう

改訂新版 世界大百科事典 「美濃三人衆」の意味・わかりやすい解説

美濃三人衆 (みのさんにんしゅう)

西濃三人衆ともいう。美濃西部に勢力をもった戦国武将稲葉伊予守良通(一鉄,1515-88),安藤伊賀守守就(無用,道足,?-1582),氏家常陸介直元(卜全,?-1571)をさす。土岐氏斎藤氏に仕えたと伝えるが,西濃地方共同の独立的勢力を確立しており,1567年(永禄10)織田信長の岐阜攻略に内応して功を認められ,本領および杭瀬川以西の共同段銭(たんせん)徴収権などを安堵された。
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百科事典マイペディア 「美濃三人衆」の意味・わかりやすい解説

美濃三人衆【みのさんにんしゅう】

戦国末期,美濃西部に共同の独立勢力を確立していた武将稲葉良通(一鉄),安藤守就(道足),氏家直元(卜全)の3名をさし,西濃三人衆ともいう。土岐氏,斎藤氏に仕えたとされるが,1567年織田信長の岐阜攻めに内応して本領などを安堵された。

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