肥田郷(読み)ひたごう

日本歴史地名大系 「肥田郷」の解説

肥田郷
ひたごう

現函南町南西部、狩野(かの)川流域の肥田一帯に所在した郷。正暦四年(九九三)閏一〇月二一日「伊豆国酒井北条比田郷」出身の近江延暦寺座主陽生が没した(「本朝法華験記」など)。治承四年(一一八〇)八月一七日伊豆国で挙兵した源頼朝の兵は、蕀木(ばらき)(現韮山町原木)を北行「肥田原」に至り、山木(やまき)(現同上)の平兼隆館に向かっている(吾妻鏡)。暦応二年(一三三九)四月五日、足利直義が北条氏ゆかりの伊豆国尼寺円成(えんじよう)寺(現同上)に肥田など北条(ほうじよう)五ヵ郷などを寄進した(同年四月五日「足利直義寄進状案」北条寺文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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