船山守護館跡(読み)ふなやましゆごやかたあと

日本歴史地名大系 「船山守護館跡」の解説

船山守護館跡
ふなやましゆごやかたあと

[現在地名]戸倉町小舟山

現在戸倉町の一部に小船山の集落が残り、「和名抄」の船山郷はこの付近の相当に広い地域であり南北朝時代には小笠原氏の守護館があった。

観応(北朝)二年(一三五一)三月の市河頼房代泰房軍忠状(市河文書)によれば、信濃国守護小笠原政長は、船山郷内の守護館に在陣していたとみえて、足利直義方である諏訪直頼とともに市河泰房らは、この船山守護館に放火している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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