屋代(読み)やしろ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「屋代」の意味・わかりやすい解説

屋代
やしろ

長野県北部、千曲市(ちくまし)の一地区合併による千曲市成立(2003)以前は更埴市(こうしょくし)の中心地区であった。旧屋代町。『和名抄(わみょうしょう)』の屋代郷の地で、近世北国街道(ほっこくかいどう)の矢代宿(やしろしゅく)として栄え、明治になって郡役所が置かれた。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

20世紀日本人名事典 「屋代」の解説

屋代

明治・大正期の弓道



生年
明治2年(1869年)

没年
大正9(1920)年7月20日

出身地
駿河国(静岡県)

経歴
日置流を極め、東京帝大、学習院東京美術学校などで弓道を教えた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「屋代」の意味・わかりやすい解説

屋代
やしろ

長野県北部,長野盆地南部にある千曲市更埴の市街地の一部。旧町名。 1959年埴生 (はにゅう) 町,稲荷山町,八幡村と合体して更埴市となった。近世は北国街道宿場町で,明治期の郡制時代には郡役所がおかれ,埴科 (はにしな) 郡の行政上の中心をなし,現在も地方行政機関がおかれている。埴生地区にある,しなの鉄道屋代駅の駅前集落と商店街は連続している。古墳時代前期後半の前方後円墳森将軍塚古墳 (史跡) がある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の屋代の言及

【更埴[市]】より

…長野県北部,長野盆地南端にある市。1959年更級(さらしな)郡稲荷山町,八幡村と埴科(はにしな)郡埴生(はにゆう)町,屋代町が合体,市制。千曲川をはさんで相対した両郡名から1字ずつとって市名とした。…

【家守】より

…日本近世において,主人不在の家屋敷を預かり,その管理・維持に携わる管理人のこと。家主(やぬし∥いえぬし),屋代(やしろ),留守居(るすい),大家(おおや)などとも呼ばれた。日本の近世社会は,家屋敷の所持者である家持を本来の正規の構成員として成立していたが,なんらかの事由で家屋敷の主人が長期にわたって不在となる場合,不在中の主人に委嘱され,家屋敷の管理・維持にあたるのが,家守の基本的性格である。…

※「屋代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android