花常村(読み)はなつねむら

日本歴史地名大系 「花常村」の解説

花常村
はなつねむら

[現在地名]大治町花常

西は西条にしじよう村、北は本郷ほんごう(現甚目寺町)に接する細長い村。「徇行記」によれば、概高九三三石余のうち六四七石余は藩士一四人の給知で、田は二六町八反一畝余、畑は二一町四反一畝余。「寛文覚書」に戸数四九、人数二八〇とある。「徇行記」は「大郷ナレトモ一村立ノ所也、高ニ準シテハ戸口少クシテ、佃力不足シ他村ヘ田畝ヲ掟ル、又外ニ越高モアリテ大凡ソ三百石ホトモ他村ヨリ作ルトナリ、一体卑湿ノ地ニテ上村ヨリ水潦落タマリ、(粳)田敗傷スル事多シ、サレハ漸々ニ散民増シ村間衰耗ストナリ」とし、曹洞宗林昌りんしよう寺、高田宗の正覚しようがく寺を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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