花長村(読み)はなおさむら

日本歴史地名大系 「花長村」の解説

花長村
はなおさむら

[現在地名]美和町花長

東は古道(ふるみち)村、北は二(ふた)ッ寺(でら)村に接する。織田信雄分限帳に「二百五十貫、久保勘二郎、花長」とみえる。「寛文覚書」に戸数二九、人数一七六とある。「徇行記」によれば、概高七九四石余のうち六七五石余は藩士一三人の給知。田は二八町四反三畝余、畑は一一町三畝余で、「鍬数ハ凡ソ三十四丁ホトアリ(中略)南田面ノ字ヲ牛屋・皆戸・大門崎ト云、又東田面ノ字ヲ上町田・下丁田・三ノ坪・六地蔵ナトイヘリ、水損ナシ、一体用水カヽリアシク島畑ナトアリ」と記し、条里制の遺構が知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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