藍庄(読み)あいのしよう

日本歴史地名大系 「藍庄」の解説

藍庄
あいのしよう

武庫(むこ)川中流域、現三田市藍本(あいもと)を中心とした庄園。承久三年(一二二一)六月二五日の関東下知状(皆川文書)によれば、鎌倉幕府は下野国の御家人長沼宗政を摂津国守護と藍庄地頭に任じている。建武三年(一三三六)七月日の森本為時軍忠状写(記録御用所本古文書)によれば、多田(ただ)院(現川西市多田神社)御家人の森本為時は同年五月二五日の藍庄での合戦で軍功があったという。至徳元年(一三八四)六月一八日、藤原盛氏が清水(きよみず)寺(現社町)に藍庄内の名田二段を寄進している(「藤原盛氏寺領寄進状」清水寺文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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