歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「蝶千鳥須磨組討」の解説
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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…また歌集《柳廼四附(やなぎのしずく)》がある。【小野 正雄】 桜田門外の変を舞台化することは江戸期には法的に禁じられていたが,河竹黙阿弥の手で,曾我の世界に脚色,雪中に曾我兄弟が祐経の乗物に近づく趣向を構え《蝶千鳥須磨組討(ちようちどりすまのくみうち)》(1863年2月,江戸市村座)として上演したが中止を命じられた。明治初年には解禁となり歌舞伎化も試みられたが,史実を劇化するには1920年7月東京歌舞伎座の《井伊大老の死》(中村吉蔵作)をまたねばならなかった。…
※「蝶千鳥須磨組討」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...