豊沢猿幸(読み)トヨザワ エンコウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「豊沢猿幸」の解説

豊沢 猿幸
トヨザワ エンコウ


職業
義太夫節三味線方

経歴
大正2年豊竹巴太夫に入門し語りを習い、14歳の時5代目豊沢猿之助の門弟となり三味線に転向。12年真打となり豊沢猿幸と名乗る。その後4代目鶴沢清六らに師事した。44年には猿公とするが、52年再び猿幸となる。華麗で繊細ながらはぎれの良い撥さばきで女流義太夫三味線方の最高峰と称され、晩年は竹本土佐広とのコンビで名演。

没年月日
昭和53年 12月10日 (1978年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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