財木村(読み)たからぎむら

日本歴史地名大系 「財木村」の解説

財木村
たからぎむら

[現在地名]椎葉村下福良しもふくら 財木

胡麻山ごまやま村の北、十根とね川の上流に位置する。下福良掛三九ヵ村の一つで、五ヶ所組に属する。延享三年(一七四六)に検地竿入がなされ、畑七反余(高八斗余)が打出された(天明元年「椎葉山高反別取米一村限帳控」内藤家文書)。文政一一年(一八二八)の下福良村組焼畑見取場検地帳(相良家文書)では焼畑五町二反余・高五石七斗余。天保九年(一八三八)の椎葉山村々高覚(同文書)では高六石六斗余。寛延二年(一七四九)の村柄様子書上帳(同文書)では「畑地少有之木立焼畑斗ニ而渡世送り仕所ニ而御座候、然共高山土地悪敷候故中分之渡世ニハ無御座候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 相良家文書

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む