賀勢庄(読み)かせのしよう

日本歴史地名大系 「賀勢庄」の解説

賀勢庄
かせのしよう

さいわい北加瀬きたかせ・南加瀬、中原なかはら区西加瀬付近一帯にあった荘園。後白河上皇の皇女宣陽門院覲子内親王の所領目録(県史一)に「被充御祈願所御領」の一つとして「武蔵国賀勢庄」と現れるだけで他の文献はない。この所領目録は年未詳ながら、貞応三年(一二二四)以後仁治三年(一二四二)以前のものと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む