赤坂氷川門前(読み)あかさかひかわもんぜん

日本歴史地名大系 「赤坂氷川門前」の解説

赤坂氷川門前
あかさかひかわもんぜん

[現在地名]港区赤坂六丁目

氷川明神社地東側に設定された門前町屋。表通りと内門前に二ヵ所がある。東が道を隔てて陸奥泉藩本多家下屋敷・赤坂氷川社僧屋敷・赤坂社人跡明地、南が信濃松代藩真田家下屋敷。文政町方書上によると、享保一四年(一七二九)氷川明神が当地に移転した時から永代門前。表通りは南北が表田舎間一〇間、裏幅は別当裏門幅を除いて同じ、裏行は東西一〇間、七〇〇坪。内門前は表が南西へ折廻し延べ田舎間二六間、裏幅は北東へ折廻し同じ、裏行は西方同八間・南方同四間、八八坪。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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