赤坂氷川町(読み)あかさかひかわちよう

日本歴史地名大系 「赤坂氷川町」の解説

赤坂氷川町
あかさかひかわちよう

[現在地名]港区赤坂六丁目

明治五年(一八七二)成立の町。東が赤坂福吉あかさかふくよし町、北が同新町五丁目・同仲之なかの町。江戸時代には一ッ木ひとつぎ町飛地(築地三軒家)があったが、承応三年(一六五四)には曹洞宗盛徳せいとく(昭和四七年神奈川県伊勢原市に移転)が来転し、東部に元禄一四年(一七〇一)の城中刃傷事件で切腹した播磨赤穂藩主浅野長矩夫人の実家備後三次藩浅野家屋敷があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む