赤尾関村(読み)あこおせきむら

日本歴史地名大系 「赤尾関村」の解説

赤尾関村
あこおせきむら

[現在地名]内原町赤尾関

桜川が開析した沖積地南側の台地上に位置し、結城街道の南にある。南は鯉淵こいぶち村。

「新編常陸国誌」の赤尾関の項には「心車集巻尾ニ、那珂西郡鯉淵郷赤尾関村ト見ユ」とある。中世には藤原氏の一族那珂氏がこの地を支配し、赤尾関と名乗ったと伝える。和光院過去帳(和光院文書)の文禄四年(一五九五)に「赤尾関」とみえる。慶長七年(一六〇二)秋田氏領となったことを示す御知行之覚(秋田家文書)に赤尾関二六〇・六二石とあり、元禄郷帳にも「赤尾関村」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android