赤海村(読み)あこうみむら

日本歴史地名大系 「赤海村」の解説

赤海村
あこうみむら

[現在地名]五泉市赤海一―二丁目・赤海

早出はいで川の支流伊勢いせの川と郷屋こや川に挟まれた低地の村で、西は太田おおた吉沢よしざわ両村に接する。慶長一九年(一六一四)の村上領高附並組々村覚(寛政六年写、五泉郷土史)では三本木組に属し、元和五年(一六一九)の菅名下条せき普請可仕村々覚(伊藤家文書)にも村名がある。正保国絵図に三四〇石余、貞享元年(一六八四)郷村高辻帳には高二九二石二斗余とある。宝永七年(一七一〇)幕府領となるが、その後高田藩白河藩・忍藩領などとなり、天保元年(一八三〇)からは沼津藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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